7月14日(火)の朝、ニューヨーク市場が開く前に、IBMがひとつの発表を出した。7月22日に予定していた四半期決算の数字の一部を、8日前倒しで公表したのである。わざわざ前倒しで出すということは、悪い数字だという予告に等しい。実際その通りで、この日のIBM株は前日比25.2%安と、1987年のブラックマンデーを超える創業以来最大の下げになった。驚いたのはそこからで、売りはIBM1社で止まらず、ServiceNowやSalesforce、Microsoftといった米ソフトウェア株に広がり、翌15日(水)の東京市場ではNECや富士通まで連想売りに巻き込まれた。1社の決算ミスが、なぜ日米のソフトウェア株の連鎖安にまで育ったのか。理由を順に確かめていく。
IBMが7月22日予定の4〜6月期決算のうち速報値を8日前倒しで公表。売上高172億ドルは市場予想の178.5億ドルを大きく下回った。
IBMは217.07ドルで引け、下落率25.21%は1987年10月19日(ブラックマンデー、-23.7%)を超える創業115年で最大。ServiceNow -5.8%、Workday -3.5%など同業に売りが波及した。
NEC -4.3%、富士通 -4.7%と業態の似た銘柄が売られる一方、AI・半導体関連には買いが向かい、日経平均は+1.49%の68,751円で続伸した。
目次
IBMは何を発表したのか — 8日前倒しの「悪い数字の予告」
まず発表の中身を確認する。IBMが公表した4〜6月期の速報値は以下の通りである(CNBC(2026年7月14日))。
| 項目(2026年4〜6月期・速報) | IBM発表 | 市場予想 |
|---|---|---|
| 売上高 | 172億ドル(前年比+1%) | 178.5億ドル |
| 調整後EPS(1株利益) | 2.93ドル | 3.02ドル |
| ソフトウェア部門 | 前年比+5% | — |
| インフラ部門(メインフレーム等) | 前年比-7% | — |
| コンサルティング部門 | ほぼ横ばい | — |
数字そのものは「売上が予想より3.6%少なかった」という程度で、株価が4分の1消えるほどの悪さには見えない。市場が本当に嫌ったのは数字ではなく、CEOのクリシュナ氏が語った理由のほうである。同氏の説明によると、6月の最終週に顧客企業の支出行動が急に変わった。値上がりと品不足が見込まれるサーバー・ストレージ・メモリを先に確保する動きが広がり、その分の予算を捻出するために、IBMのメインフレーム(基幹業務用の大型コンピュータ)の更新や、関連するソフトウェアの契約が後回しにされたという。
つまりIBMが発したのは「わが社の商品が負けた」という個別の敗戦報告ではなく、「顧客のIT予算の使い道が、ソフトウェアからAI向けハードウェアに移り始めた」という業界全体への警告だった。決算を8日も前倒しして公表したこと自体が、経営陣がこの変化を「本決算まで黙っていられない重大事」と受け止めた証拠だと個人的には読んでいる。
「ソフトからハードへ」なのに、ソフトが増収でハードが減収に見える理由
ここで上の表をよく見ると、一見つじつまが合わないことに気づく。顧客の予算がソフトからハードに移ったのなら、IBMのソフトウェアが+5%と増収で、ハードにあたるインフラ部門が-7%と減収なのは、話が逆ではないか。
種明かしの前に、IBMの事業構成を押さえておく。2025年通期の売上は約667億ドルで、内訳はソフトウェアが約300億ドル(全体の44%)、コンサルティングが約211億ドル(31%)、インフラが約157億ドル(23%)である。IBMは売上の4分の3をソフトとコンサルで稼ぐ会社であり、もはやハードの会社ではない。しかも残る23%のインフラ部門の主力はメインフレームで、いま企業が奪い合っているAI用のサーバーやメモリとは別の商品である。
つまり、顧客が買い急いだハードは、IBMのハードではない。顧客が確保に走ったのは他社製のAIサーバー・ストレージ・メモリであり、顧客の財布から見れば、IBMのメインフレーム更新は「今すぐでなくてもよい支出」としてソフトウェア案件と同じ側に置かれ、まとめて先送りされた。インフラ部門の-7%はこうして生まれた数字で、「ハードが買われているのにIBMのハードは売れない」ことこそ、IBMがこの予算シフトの受け皿になれていない証拠である。
ではソフトウェアの+5%は無傷の証拠かというと、そうでもない。IBMのソフトはRed Hatに代表されるサブスクリプション(定額課金)中心で、既存契約の課金は解約しない限り毎月続く。だから顧客が新規契約を先送りしても、売上は急減せず「伸び率の鈍化」というかたちで現れる。実際、+5%という伸びは市場が織り込んでいた水準に届かず、とくにメインフレームと一体で使われる取引処理ソフトの弱さが響いたと会社は説明している。まとめると、「ソフト増収・ハード減収」は予算シフト説と矛盾しない。IBMは予算シフトの「出て行く側」に売上の4分の3が乗っており、「入ってくる側」の事業をほとんど持っていない——株価が1日で4分の1消えた理由は、この構造にある。
売りが同業に広がった理由 — 「うちの顧客も同じことをするのでは」という連想
顧客のIT予算が共通の財布である以上、IBMの顧客に起きたことは他のソフトウェア企業の顧客にも起こりうる。この連想が働き、7月14日の米市場ではソフトウェア・ITサービス株が軒並み売られた(Bloomberg「ソフトウエア銘柄が総崩れ、さえないIBM業績を嫌気」(2026年7月14日))。主な銘柄の終値を並べる。
| 銘柄(7月14日終値) | 株価 | 前日比 |
|---|---|---|
| IBM | 217.07ドル | -25.21% |
| ServiceNow | 104.85ドル | -5.76% |
| Workday | 139.81ドル | -3.49% |
| Accenture | 134.56ドル | -2.86% |
| Salesforce | 167.56ドル | -2.14% |
| Microsoft | 384.93ドル | -1.55% |
各銘柄の終値・騰落率は米国市場の公表値より作成。
売られ方には濃淡がある。最も深く売られたのは、IBMと同じく「企業の業務プロセスにソフトウェアを売る」ServiceNowで-5.8%。ITコンサルティングのAccentureは寄り前の時間外取引で一時9%安まで売られたが、終値では-2.9%まで戻した。パニック的に投げられた後、「IBM固有の要因も大きいのでは」と冷静さを取り戻した跡が値動きに残っている。
この日はもうひとつ、ソフトウェア株に不安を足す報道が重なった。スターバックスが生成AIを活用して業務ソフトを自社開発する方針だと伝わり、「顧客企業がAIでソフトを内製するようになれば、そもそもソフトを買わなくなる」という、予算シフトとは別筋の売り材料も意識された。「AIがソフトウェア企業の脅威になる」という見立ては2025年から何度も蒸し返されてきたテーマで、IBMの警告はそこに実際の決算数字という燃料を投げ込んだ格好である。
一方で、この日の米主要指数は下げていない。ダウ工業株30種平均は構成銘柄のIBMに引きずられて小幅安だったが、S&P500とナスダック総合はプラス圏で推移した。予算がソフトからハードに移るなら、ハードを売る側(半導体・サーバー関連)には追い風だからである。売られたのはソフトウェア、買われたのはAIインフラ。市場全体のリスク回避ではなく、同じIT予算の取り合いの勝者と敗者を選別する動きだったことが指数の動きから分かる。
背景にあるメモリの値上がり — IT予算の中でハードの請求書が膨らんでいる
「顧客がメモリやサーバーを先に確保した」という説明の背景には、AIデータセンター向け需要によるメモリ(DRAM)の歴史的な品不足と値上がりがある。市場調査会社TrendForceは、AIサーバー向け需要を背景にサーバー用メモリの契約価格が2026年を通じて上がり続け、供給不足は2027年まで解消しないと見込んでいる(TrendForce(2026年3月31日))。実際、DRAMの契約価格は2026年に入って四半期ごとに5割前後上がる異常なペースで推移しており、AIデータセンターが高性能DRAMの大半を吸い上げる構図になっている。
この状況で企業のIT部門の立場に立つと、行動は自然に決まってくる。来期にはもっと値上がりしているかもしれないメモリとサーバーを、予算があるうちに先に押さえる。IT予算の総額が急に増えるわけではないから、その分どこかを削る。真っ先に削られるのは、「今すぐでなくてもよい」ソフトウェアの更新契約や、システム刷新プロジェクトの類である。IBMの言う「6月最終週の急変」は、メモリの値上がりが企業の購買行動を変えるまでに広がった、ということだと理解している。
当サイトでは5月28日の記事「SKハイニックス時価総額1兆ドル、キオクシア36兆円 — 半導体メモリ株が同時に最高値圏」で、メモリメーカー側がこの値上がりの恩恵を総取りしている状況を整理した。今回のIBMショックは、同じ現象をコインの裏側(お金を払う側)から見た景色である。メモリメーカーの最高値とソフトウェア企業の急落は、同じ1枚の請求書の裏表だと考えると腑に落ちる。
東京市場への波及 — SIer売りと日経平均高の同居
翌15日(水)の東京市場では、メインフレームやシステムの受託開発などIBMと業態の重なる銘柄に連想売りが出た。主な銘柄の終値は以下の通りである。
| 銘柄(7月15日終値) | 株価 | 前日比 |
|---|---|---|
| NEC(6701) | 4,270円 | -4.32% |
| 富士通(6702) | 3,218円 | -4.74% |
| ベイカレント(6532) ※ | 6,383円 | -6.79% |
| 野村総合研究所(4307) | 4,936円 | -2.51% |
| 日経平均株価 | 68,751円 | +1.49% |
※ベイカレントはこの日が自社の2027年2月期第1四半期決算の発表日と重なっており、下落のすべてがIBMショックによるものではない点に留意。
目を引くのは、SIer(企業から情報システムの開発・運用を請け負う会社)が売られたその日に、日経平均は1,008円高の68,751円と大幅続伸したことである。米国と同じく、AI・半導体関連には買いが向かい、「AIにお金を払う側」と「AIに予算を奪われる側」で選別が進んだ。日本経済新聞はこの日の相場を「AIで進む優勝劣敗」と表現している(日本経済新聞(2026年7月15日))。
ただ、米国の話を日本のSIerにそのまま当てはめてよいかは、一段階分けて考えたい。日本のSIerの収益は、ライセンスやサブスクリプション(定額課金)でソフトを売る米国型と違い、長期の受託開発と運用保守の契約が中心である。顧客が「今四半期はソフトの新規契約を止める」と決めても、動いているシステムの保守料は止まらない。その意味で、IBMのような急ブレーキが翌四半期の決算にすぐ出る構造ではない。一方で、メモリやサーバーの値上がりは国内のシステム構築案件のハード調達コストを直撃するし、顧客企業がAI投資の原資を捻出するためにシステム刷新の時期を遅らせる動きは、時間差で日本にも来る可能性がある。連想売りが正しかったかどうかは、これから出てくる国内SIer各社の受注残の数字で答え合わせすることになる。
Microsoftはどう見るか — 一時3%近く下げて、終値は1.6%安に戻した意味
個人的にこの日いちばん時間をかけて見ていたのはMicrosoftである。時間外・ザラ場で一時3%近く下げる場面があったが、終値は384.93ドルの-1.55%と、連鎖安の中では浅い下げにとどまった。この戻し方には理由があると考えている。
Microsoftは「企業にソフトを売る会社」であると同時に、Azureというクラウドインフラの売り手でもある。IBMの警告が示した予算シフトは、Office 365やCopilotのようなソフトウェア製品には逆風だが、企業がAIインフラにお金を使うならAzureには追い風になる。打撃と恩恵の両方を受ける立場であり、ServiceNowのような純粋なソフトウェア企業と同列に売るのは雑だ——と市場が引け際までに考え直した、というのが値動きから読み取れる解釈である。
この違いは、両社の事業構成を「予算シフトのどちら側にいるか」で並べるとはっきりする。
| 予算シフトでの立ち位置 | IBM | Microsoft |
|---|---|---|
| 削られる側 | ソフトウェア 44% + コンサルティング 31% = 売上の約75% | 生産性・業務プロセス部門(Microsoft 365、Copilot等)約42% |
| 恩恵を受ける側 | 該当事業なし(インフラ23%はメインフレーム中心で、買われているAIハードではなく、むしろ先送りされる側) | インテリジェントクラウド部門(Azure等)約40%——シフトした予算の受け皿 |
| どちらでもない | — | パーソナルコンピューティング部門(Windows、ゲーム、広告等)約18% |
構成比はIBMが2025年通期実績、Microsoftが2026年6月期第2四半期(2025年10〜12月)実績から算出。
両社が似ているのは「企業向けソフトを売る」部分だけで、その比率もIBM 44%に対しMicrosoft約42%とほぼ同じである。違うのは残りの半分で、IBMはコンサルと旧世代ハードという「削られる側・先送りされる側」で固めているのに対し、Microsoftは売上の4割がシフト先のAIインフラそのものになっている。IBMが-25%、Microsoftが-1.55%という下げ幅の差は、この「入ってくる側の事業を持っているかどうか」の差だと整理できる。
ただしMicrosoftには固有の事情もある。1月28日発表の2025年10〜12月期決算でAzureの成長減速とCopilotの有料契約数(1,500万件と、市場の期待を下回る水準)を開示して株価が1日で10%下落して以来、株価は年初来で2割ほど安い水準にあり、投資家は「AIへの巨額投資が本当に回収できるのか」を疑い始めている。そこにIBM発の「企業はソフトよりハードにお金を回している」という証言が加わったわけで、7月29日に予定される4〜6月期決算では、AzureとCopilotの数字がこれまで以上に厳しく採点されることになる。
まとめ — 一時的な予算シフトか、構造変化の始まりか
7月14日のIBM急落(-25.2%、創業以来最大)の本質は、1社の決算ミスではなく「企業のIT予算がメモリ・サーバーの確保に流れ、ソフトウェアが後回しにされ始めた」という業界横断の警告である。だからこそ売りはServiceNow・Salesforce・Microsoftへ、翌日にはNEC・富士通へと広がった。一方で同じ日に米主要指数と日経平均は上昇しており、市場全体の逃避ではなく、AI投資の「払う側」と「受け取る側」を選別する動きだった。メモリの供給不足は2027年まで続く見通しで、この予算の綱引きは当面終わらない。
では、これはソフトウェア産業の構造的な衰退の始まりなのか。個人的には、そこまでの結論を出すのはまだ早いと見ている。理由は3つある。第一に、IBM自身のソフトウェア部門は前年比+5%と、伸び率こそ物足りないが絶対額では成長している。「支出が消えた」のではなく「支出の順番が変わった」というのがCEOの説明で、速報値の中身もそれと矛盾しない。第二に、メモリの値上がりによる駆け込み購入は、価格が落ち着けば一巡する種類のもので、繰り延べられたソフトウェア案件が消滅したと決めつける材料はまだない。第三に、企業がAIインフラを買い込むほど、その上で動かすソフトウェアやシステム統合の仕事は後から必要になる。ハードだけ積んでも業務は動かない。
ただし、「一時的」と楽観するにも早い。予算シフトが2四半期、3四半期と続けば、それはもう一時的とは呼べない。確かめるべき日付ははっきりしていて、まず7月22日のIBM本決算で速報に出ていない詳細(受注残と下期の見通し)を見る。次に7月29日のMicrosoft決算で、Azureがこのハードシフトの恩恵を数字で示せるか、Copilotの契約数が持ち直すかを見る。国内では、8月に出揃う SIer各社の第1四半期決算で受注残に変調がないかを確認する。自分はそれまで、ソフトウェア株の下げを「安くなった」と拾いにいくのは我慢するつもりである。
※本記事は公開情報に基づく情報整理であり、個人の見解を含みます。特定の銘柄の売買や投資を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任においてお願いいたします。