7月30日の夜(日本時間)、ドル円は50分ほどで約5円下げ、162円台後半から157円台に入った。政府・日銀の円買い・ドル売り介入で、同じ日にニューヨーク連銀は、銀行に相場の水準を問い合わせるレートチェック(介入の前段階にあたる確認)も行っていた。
翌31日には日本が再び介入し、米国時間の午後には米財務省も、複数の銀行に「本日、円買い介入があるかもしれない」と伝えたうえで、ユーロを売って円を買ったと報じられた。米国が為替介入に加わるのは2011年の東日本大震災後の協調介入以来で、そのときは円売りだった。円を買う側に立つのは1998年以来、28年ぶりになる。この2日間の値動きを追いながら、日本だけで円安を食い止めようとしていたこれまでとは違う局面に入ったと感じた。
日本の外貨準備は2026年6月末で1兆2,875億ドル(約200兆円)あり、このうち預金は1,619億ドル(約25兆円)にとどまる。それでも、4〜5月に約11.7兆円を介入したときは証券の側から資金を出しており、介入の余力は預金の残高より大きい。制約になるのは、証券を手放すと米国の金利が上がるという副作用のほうだ。
今回の介入は、自分の資金で円を買う米国が加わった点で、過去2年とは違う。ただ、円安のもとにある日米の金利差は介入では縮まらず、ドル円が本当に反転するかは、日銀の利上げと米国の利下げにかかっている。
(米国時間)
外貨準備1兆2,875億ドルの中身、4〜5月の介入で減った証券
外貨準備が約200兆円あると聞くと、介入はいくらでもできそうに見える。外貨準備は政府と日銀が持つドルなどの外貨建ての資産で、大半は財務省の外国為替資金特別会計(為替介入の資金を管理する国の会計。以下、外為特会)に入っている。ただ、財務省が公表した6月末の内訳と、4〜5月に介入した前後で残高がどう動いたかを見ると、介入の資金がどこから出ているかが分かる。
総額の7割強にあたる9,286億ドルは証券で、大半は米国債とされる。預金は1,619億ドル、円に直すと約25兆円だ。円買い介入は手持ちのドルを売って円を買う取引なので、すぐに使えるのは預金だと考えがちだ。
ところが、4〜5月の介入を反映した5月末の統計(6月5日公表)では、預金は4月末の1,622億ドルからほとんど変わらず(3,800万ドル増)、証券が756億ドル減っていた。介入の11.7兆円はドルに直すと約750億ドルで、証券の減り方とほぼ見合う。証券の減少には金利の上昇による債券の値下がりも含まれ、満期が来た米国債の償還金を使ったのか、市場で売ったのかも、この統計からは区別できない。それでも、介入の資金は預金ではなく証券の側から出ていた。
ただし、証券を使うことには副作用がある。外為特会が米国債を大量に売れば、米国債の値段が下がって米国の長期金利が上がり、日米の金利差が広がって円安の材料になる。円安を止めるために証券を売ると、円安の原因を自分で作ってしまう。日本政府が米国債を売れば米国側も警戒するので、外交の面でも気軽には使えない。
市場で売らずに資金を作る方法もある。持っている米国債のうち満期が来たものを買い直さず、戻ってきたお金を使えば、米国の金利を押し上げずに済む。預金も、2021年8月末の1,347億ドルから、6月末には1,619億ドルまで増えている。
過去の介入と、介入できる回数
過去の円買い介入の規模は次のとおりだ。
| 時期 | 介入額 | そのとき何が起きたか |
|---|---|---|
| 2022年9〜10月 | 約9.2兆円 | 151円台から、12月には130円台、翌年1月には一時127円台まで円高が進んだ。ただし反転のきっかけは、11月の米消費者物価の伸びが鈍り、米国の利上げのペースが落ちるとの見方が広がったことだった |
| 2024年4〜5月・7月 | 合計約15.3兆円 | 4〜5月の介入で160円台から一時151円台へ押し戻したが、7月には161円台まで円安が戻った。7月11日の米消費者物価の下振れと直後の介入から円高に向かい、7月末の日銀の利上げと8月初めの米雇用統計の悪化で流れがはっきり変わった |
| 2026年4〜5月 | 約11.7兆円 | 一時155円台まで押し戻したが、7月には介入前の水準を超えて163円台まで円安が進んだ |
| 2026年7月30日〜 | 6兆〜8兆円台(市場の推計) | 162円台後半から一時157円台へ。31日は日本の再度の介入に米財務省の円買いが加わった。正式な介入額は8月28日に公表される統計で分かる |
介入の跡は、外貨準備の残高にそのまま表れている。主な月末の残高を並べたのが次のグラフだ。
ピークは2021年8月末の1兆4,243億ドルで、円買い介入のたびに残高が階段のように減っている。4〜5月の11.7兆円の介入を反映した5月末は前月より771億ドル減り、減少率(5.6%)は、2000年4月に今の基準になってから最大だった。
預金だけで数えると、6月末の1,619億ドル(約25兆円)から7月30日の介入(推計6兆〜8兆円台)を差し引いて18兆円前後になる。4〜5月と同じ11.7兆円規模ならあと1回強、7月30日の規模ならあと2〜3回で、預金だけで見た円買いの残弾はあと2回分ほどだ。
ただ、4〜5月と同じように証券の側から資金を出せば、余力はずっと大きい。証券を含めた外貨準備の全体(1兆2,875億ドル、約200兆円)は、11.7兆円規模の介入を十数回できる額にあたる。介入を何回できるかは、資金の額より、満期が来る米国債の額と、米国債を手放したときの米金利への影響や米国の受け止めで決まる。
6月29日〜7月29日に介入がなかった理由は公表されていないが、上の数字を見るかぎり、預金の残りが足りなかったからとは考えにくい。7月30日の介入の資金を預金と証券のどちらから出したかは、9月上旬に公表される8月末の外貨準備で確かめられる。為替の取引は2営業日後に決済されるので、7月30日の介入は8月3日の決済になり、8月上旬に出る7月末の統計には表れない。
米国がユーロを売って円を買った理由
日本の介入の規模と資金の出どころは、財務省の統計で後から分かる。今回は、ドルを発行し、資金の制約がずっと緩い米国が、円を買う側に加わった。
FTの報道によれば、米財務省は米国時間の7月31日午後、ニューヨーク連銀がゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーを通じて注文を出す形で、手持ちのユーロを売って円を買った。介入の前に「今日介入があるかもしれない」と銀行に伝えるのも異例で、隠すどころか、市場に見せる意図があったように見える。ここから先は、自分の解釈と予測を多く含む。
米国の動機は、関税政策との整合と、円の急な変動を防ぐこと
米国の動機としていちばん大きいのは、自国の通商政策との整合だろう。関税で貿易赤字を減らそうとしている米政権にとって、行き過ぎたドル高は輸入品を安くして関税の効果を打ち消し、米国の輸出も不利にする。円安を正すことは、日本を助けると同時に米国自身の利益にもなる。三村財務官が、米当局から「単なる精神的支援を超える支援」を受けていると述べたのも、この利害の一致と合っている。
もう一つは、市場が荒れることへの警戒だ。2024年8月には、円を借りて金利の高い通貨で運用するキャリー取引が一斉に解消され、日経平均の過去最大の下げと世界的な株安が起きた。円安が164円、170円と進んだ末に同じことが起きれば、米国の株式市場も無傷では済まない。極端な水準に行く前に日米で抑えておくほうが損は小さい、という計算もあったはずだ。
ドルを売らなかった理由と、米国の外貨の少なさ
なぜユーロだったのか。ドルを売って円を買えば簡単に見えるが、米国にとってドル売りの介入は、自国の通貨を安くする操作そのものだ。世界の国々が外貨準備をドルで持つのは、米国がドルの価値を勝手に下げないと信じているからで、基軸通貨の国が公式にドルを売れば、その信頼を自分で損なううえ、他国を為替操作だと批判してきた立場とも食い違う。ユーロを売って円を買う形なら、ドルは取引に出てこないので、ドル全体の相場をほとんど動かさずに、ユーロ円の行き過ぎだけを正せる。
実務の事情もあった。米議会調査局の資料によれば、米財務省が介入に使う為替安定基金(ESF)の流動資産は、2026年2月時点で米国債235億ドルと外貨43億ドルだった。満期が3か月を超えるユーロや円の債券も合わせると、ESFの外貨はニューヨーク連銀の報告で3月末に191億ドルある。持っている外貨はユーロと円だけなので、円を買う元手に手持ちのユーロを充てるのは自然な選び方でもある。
191億ドルでも、日本が持つ外貨預金1,619億ドルと比べると8分の1ほどしかない。米国の参加は、資金の量で相場を動かすためのものではないだろう。ドルを発行する国が円を買う側に立ったと市場に見せる、いわば看板の効果が狙いで、だからこそ事前に銀行へ伝えたのだと思う。
ユーロ高の中身は、円安の裏返し
売られたユーロのこの10年を見ると、対円と対ドルで動きがまるで違う。ユーロ円は2016年におおむね110〜130円台だったが、介入の直前の7月29日まで186円台と史上最高値圏にあり、約5割上がった。対ドルでは、2016年の1ユーロ=1.04〜1.15ドルに対して7月末は1.15ドル前後で、10年でほぼ横ばいにとどまる。ユーロ円の上昇の大半は、円が下がった分だ。
このユーロ高は、欧州経済の強さを映したものでもない。ユーロ圏の成長は低い水準が続き、最大の経済国ドイツは、エネルギー費用の上昇と製造業の不振で、2023年はマイナス成長、2024年も横ばいにとどまった。それでもユーロが高いのは、ほかに選べる通貨が少ないからだ。ECB(欧州中央銀行)は6月に約3年ぶりの利上げをして、預金金利を2.25%にした。関税や介入で米ドルへの信頼が揺らぐ場面で、世界のお金がドルの代わりに逃げ込める大きさの通貨はユーロしかない。円のように金利差で売られる事情もなかった。
実力より高いユーロは、欧州の輸出企業にとってすでに負担になっている。米国がユーロを売って多少ユーロ安になっても、欧州側に抗議する理由は乏しく、むしろ歓迎する企業のほうが多いはずだ。弱すぎる円、ほかに選べる通貨が少ないために高くなったユーロ、自分からは下げられないドルの3つを並べると、ユーロを売って円を買う組み合わせなら、関係する国のどこも強くは困らない。ユーロ円が史上最高値圏にあった今は、高い値段でユーロを手放せる時期でもあった。
円を売ってきた投機筋から見た変化
投機的に円を売ってきた側にとって、これはかなり嫌な変化のはずだ。日本単独の介入なら、介入で押し戻した分が元に戻るのを待って、再び円を売ればよかった。実際、2024年も2026年5月も、介入で押し戻した分は数週間から2か月で元に戻っている。米国が買う側に回ると、どこまで買ってくるかが読めなくなる。手持ちの外貨が日本より少なくても、ドルを発行する米国には、理屈の上では円を買う元手が尽きることがないからだ。
ドル円が反転する条件は、日米の金利差が縮むこと
円安のもとには日米の金利差がある。日銀は6月に政策金利を1.0%へ上げ、7月31日の会合では据え置いた。米国の長期金利は4%台で推移している。
過去の介入のあとを見ると、2022年に円が反転したのは、米国の利上げのペースが落ちるとの見方が広がったときだった。2024年は、米国の物価と景気の指標が弱まったところに日銀の利上げが重なって流れが変わった。介入だけで円安の流れが反転した例はなく、反転はいつも金利の動きと重なっていた。介入でできるのは、金利差が縮み始めるまで円安の進みを遅らせることだ。日米の協調になっても、この点は変わらないだろう。
米国が日本の利上げまで求めているかどうかの見極め
米国は日本の利上げを求めており、それを隠してもいない。ベッセント財務長官は2025年夏から、日銀の金融政策は後手に回っているという趣旨の発言を繰り返し、2026年6月の日銀の利上げも米側が後押ししたと報じられている。米国が円を買う前日の7月30日(米国時間)にも、「円はとても割安に見える」「均衡価格を大きく下回る水準まで行き過ぎている」と述べた。米国では7月下旬に早めの利上げの観測まで出ており、利下げの余地は物価しだいで限られる。金利差を縮めるには、日本の利上げに頼るしかない。
今回の協調介入で、米国が日本に利上げなどの条件を付けたのか。公表されている情報では、はっきりした取り決めは確認できない。金利は日銀が決めるもので、日銀の独立性がある以上、政府どうしの交渉で利上げを約束することは制度の上でできない。
それでも実際には、米国が介入で円安を食い止め、その間に日本が利上げで金利差を縮める、という役割分担が、言葉にしないまま成り立っていると見ている。米財務長官が「円は割安」と述べた翌日に米国が円を買い、同じ7月31日に日銀は据え置きながらも、植田総裁は、金融環境が緩和的すぎると判断すれば利上げのペースを速めることもありうると含みを残した。
この分担は、日本にとって楽な話ではない。利上げは住宅ローンや国債の利払いの負担を増やすので、政府の側にはむしろ利上げをけん制する声がある。日銀は米国の期待と国内の抵抗の間に立たされており、次の会合の判断が、この見えない約束の答え合わせになる。日銀が動かないまま円安がまた進めば、米国の協力がいつまでも続く保証はない。あくまで個人の予想だが、今回の協調介入は、日本が利上げを進めることを前提に、米国が先に円を買って支えたものに近い。
この先のドル円は、次の3つの形に分けて考えている。
| シナリオ | 水準の目安 | 起きるとしたらこういう形(あくまで個人の予想) |
|---|---|---|
| レンジ入り(本命) | 155〜163円 | 日米が164円を超えさせない姿勢を見せ、投機的な円売りが細る。ただし金利差が残るので円高も進まず、日銀の次の利上げを待つもみ合いになる |
| 円高へ | 150円方向 | 植田総裁が含みを残した利上げのペースの加速が実際に起き、米国が利下げに向かう。金利差が縮むのを見て、円を借りて金利の高い通貨で運用するキャリー取引の解消が重なると、円高は速く進む |
| 円安がまた進む | 164円超 | 過去2年と同じように、介入で押し戻した分が数週間〜2か月で元に戻り、高値をまた試す。その場合は日銀の利上げの前倒しと追加の協調介入が重なるので、円安が一方的に進み続ける展開は考えにくい |
この先は、次の数字を追う。
- 毎月上旬に公表される外貨準備の預金と証券の残高。介入の資金をどちらから出したかが分かる
- 8月28日に公表される7月30日〜8月26日の介入の実績。今回の介入額が確定し、市場の推計とのずれが分かる
- 日銀の次の会合。介入で円安を遅らせている間に利上げが進むかどうかで、このレンジが続くかが決まる
まとめ
ここまでの整理
- 7月30日に政府・日銀が円買い介入をし、31日には米財務省もユーロを売って円を買ったと報じられた。米国が円を買う側に立つのは1998年以来になる。
- 介入を何回できるかは、外貨準備の資金の額より、米国債を手放したときの米金利への影響で決まる。
- ドル円が反転する条件は金利差の縮小で、介入はそれまで円安を遅らせるだけだ。米国は日銀の利上げを公然と促しており、米国が円を買い、日本が利上げで応えるという分担が暗黙のうちにできていると見ている。
この2日間で、介入の見え方が変わった。7月29日までの日本は、外貨準備を使って単独で円安に向き合う立場だった。31日からは、資金の制約がほとんどない米国が隣で円を買っている。それでも、外貨準備の統計は毎月見る。米国の協力がいつまで続くかは米政権の都合しだいで、日本が単独で介入する場面はまた来るからだ。
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