ダイセルは2026年3月26日、3月期の純利益予想を500億円から100億円に引き下げた。引き下げた400億円のうち約320億円は、ドイツで建設中のCOC樹脂プラントの減損だ。年間配当60円は据え置いた。プラントの減損そのものは一度きりの損失と見ているが、アセテート・トウの販売減と原料プラントのトラブルは前の期から続いており、来期の営業利益がどこまで戻るかで評価が決まる。

目次
純利益が8割減るのに、配当は60円のまま。高配当株として持っている人にとっては、安く買える場面なのか、手を出さないほうがよい場面なのかが気になるところだ。化学メーカーのダイセル(4202)の下方修正を、事業ごとの業績、減損の中身、配当の決め方、株価の水準の順に確かめた。
企業概要 — 5つの事業と稼ぎ頭のエンジニアリングプラスチック
ダイセルは1919年創業の化学メーカーで、東証プライム市場に上場している。たばこのフィルターの原料になるアセテート・トウや酢酸から始まり、いまは自動車のエアバッグを膨らませるインフレータ(ガス発生装置)や、自動車・電子部品に使う樹脂も手がける。2025年3月期の売上高の67.3%は海外向けだった。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 社名 | 株式会社ダイセル(Daicel Corporation) |
| 証券コード | 4202(東証プライム) |
| 業種 | 化学 |
| 時価総額 | 約3,310億円(2026年4月20日の終値1,241円で計算) |
| 売上高(2025年3月期) | 5,865億円(営業利益610億円、純利益495億円) |
| 強み | 国内で唯一の酢酸メーカーで、酢酸からアセテート・トウまで一貫して生産する。インフレータは世界で高いシェアを持ち、2026年3月期に世界シェア25%を目標に掲げていた |
事業セグメントの構成
報告セグメントは5つある。売上高が最も大きいのは、2020年に完全子会社にしたポリプラスチックスを中心とするエンジニアリングプラスチック事業で、今回の減損もこの事業で起きた。売上高は2025年3月期の値。
- エンジニアリングプラスチック(2,480億円): ポリアセタール(POM)、PBT樹脂、液晶ポリマー、COC樹脂など。自動車や電子部品の部材に使われる
- マテリアル(1,834億円): 酢酸、アセテート・トウ、酢酸セルロースなど
- セイフティ(976億円): エアバッグ用インフレータなど、火薬の技術を使った安全部品
- スマート(373億円): 電子材料向けの溶剤や樹脂など、エレクトロニクス向けの素材
- メディカル・ヘルスケア(144億円): 医薬品の成分を分けるキラルカラム、化粧品や健康食品の原料
出典: ダイセル IR情報(決算短信・決算説明資料・会社説明資料)
2度の下方修正と、第3四半期までの事業別の業績
2026年3月期の予想は、期初から2回引き下げられた。2回とも、アセテート・トウの販売減と、酢酸の原料の一酸化炭素(CO)をつくるプラントのトラブルが理由に入っている。
売上高5,830億円、営業利益465億円、純利益500億円。顧客の在庫調整によるアセテート・トウの販売減、ポリプラスチックスのPOMの販売減、COプラントの一時的なトラブルが理由。
売上高5,760億円、営業利益410億円、純利益100億円(1株利益38.89円)。COC樹脂の新プラントで減損約320億円を特別損失に計上する見込み。ほかに、アセテート・トウの販売減、第4四半期のCOプラントのトラブル、中国工場の移転補償金の受け取りが来期にずれたことを挙げた。
出典: 株探 ダイセル、今期最終を一転80%減益に下方修正(2026年3月26日)
発表は3月26日の取引終了後で、翌27日の株価は4.7%安の1,284円で引けた。同じ日のTOPIXは0.2%高だった。
4〜12月の業績(第3四半期累計)
| 項目 | 4〜12月 | 前年同期比 | 通期予想(3月26日) |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 4,248億円 | ▲1.8% | 5,760億円 |
| 営業利益 | 324億円 | ▲25.0% | 410億円 |
| 経常利益 | 339億円 | ▲24.3% | 430億円 |
| 純利益 | 357億円 | ▲18.9% | 100億円 |
4〜12月の純利益は357億円あり、通期の予想は100億円なので、1〜3月だけで約257億円の赤字になる計算だ。4〜12月の純利益には、持っていた株の売却益171億円も入っている。
事業ごとに見ると、利益を大きく減らしたのはエンジニアリングプラスチックとマテリアルで、セイフティは伸びた。
| セグメント(4〜12月) | 売上高 | 前年同期比 | 営業利益 | 前年同期比 |
|---|---|---|---|---|
| エンジニアリングプラスチック | 1,859億円 | ▲0.5% | 153億円 | ▲25.6% |
| マテリアル | 1,184億円 | ▲8.3% | 105億円 | ▲45.2% |
| セイフティ | 770億円 | +5.8% | 50億円 | +64.8% |
| スマート | 275億円 | ▲3.5% | 4億円 | 黒字に転換 |
| メディカル・ヘルスケア | 120億円 | +10.7% | 6億円 | +75.1% |
ほかに「その他」の事業(売上高40億円、営業利益6億円)がある。数字は2月5日の第3四半期決算短信による。
マテリアルの営業利益は45.2%減った。アセテート・トウを買う一部の顧客が在庫を減らして販売数量が落ち、前の期から持ち越した在庫と為替も響いた。会社は、各地の顧客の在庫調整と価格競争に加え、中国の競合の増産や参入も課題に挙げている。エンジニアリングプラスチックは売上高がほぼ横ばいのまま、減価償却費や定期修理の費用が増えて営業利益が25.6%減った。
セイフティは、中国の自動車メーカーの生産が戻り、スズキも販売を伸ばしているインドで拡販して、インフレータの販売数量が伸びた。米国の工場で生産性を上げたことも、利益を押し上げている。ただ4〜12月の営業利益は50億円で、全社の324億円に占める割合は6分の1にとどまる。
ドイツのCOC樹脂プラントの減損
COC樹脂(環状オレフィン・コポリマー)は、透明で湿気を通しにくい樹脂で、食品や医薬品の包装材と、注射器や薬の容器などの医療用途が中心だ。ダイセルは、ポリプラスチックスの子会社でドイツにあるTOPAS Advanced Polymersで製造している。今回の減損は、同社がドイツで建てている2つ目のプラントが対象になる。
このプラントの稼働予定は、何度も後ろにずれた。2020年の発表では2023年半ばの稼働を予定していた。2026年2月5日に、2026年4月の予定を2027年1〜3月期へ延ばし、3月26日には2028年3月期中へもう一度延ばした。
会社が挙げた見直しの理由
- 欧州で包装材の環境規制が強まり、COC樹脂の需要が増えると見込んでいた。2025年2月に発効したEUの包装・包装廃棄物規則で対応の期限が2030年ごろとなり、需要の伸びが想定より緩やかになった
- 建設費や人件費が上がり、投資額が当初の計画から大きく増えた
出典: 日経会社情報 ダイセル COC樹脂の事業計画見直し(2026年2月5日)
2月5日の時点では減損の額は「精査中」で、約320億円という額が出たのは3月26日だった。2025年6月の有価証券報告書には、稼働の延期や投資額の増加で減損を計上する可能性があるとすでに書かれていた。
減損は、工場の帳簿上の価値を、将来見込める稼ぎに合わせて引き下げ、その差を損失として計上する会計処理だ。減損でお金が出ていくことはなく、本業のもうけを示す営業利益にも入らない。営業利益の410億円は前期比32.8%減だが黒字で、4〜12月で通期予想の79%にあたる324億円を稼いでいる。
減損が一度きりかの見極め
COC樹脂のプラントの減損は、一度きりの損失と見ている。帳簿の価値を将来の稼ぎに合わせて下げた後なので、需要が会社の見直した計画を下回らない限り、同じプラントで大きな損失を重ねる理由は小さい。帳簿の価値を下げた分、稼働した後に毎年計上する減価償却費も小さくなる。
ただし、減益の理由は減損だけではない。次の3つは、来期も利益を押し下げうる。
- 減損は今期が初めてではない。2024年3月期に米国子会社ののれんなどで17億円、2025年3月期に姫路の樹脂の製造設備などで71億円を計上している
- COプラントは、2024年2月に原料を切り替えてからトラブルが続いている。2025年3月期は約120億円の減益要因になり、今期も第2四半期と1月にトラブルが起きた(1月は20日に再稼働、影響は約10億円)。3月26日の修正でも、第4四半期のトラブルを理由に挙げている
- アセテート・トウの販売減は、11月と3月の2回の修正でどちらも理由に挙がった。顧客の在庫調整が終わるのを待つ形になっている
反対に、中国工場の移転補償金は、受け取りが来期にずれただけなので、来期の利益を押し上げる側に回る。セイフティの伸びも続いているが、規模は小さく、マテリアルの落ち込みを埋めるほどではない。
見極めの材料は、5月の本決算で示される来期の会社予想だ。純利益は減損がなくなる分だけ大きく増えて当然なので、自分なら営業利益の予想を見る。前期の610億円にどこまで近づくかで、今期の落ち込みが一時的なものかどうかが分かる。次の中期経営計画で、COC樹脂の位置づけとアセテート・トウの対策がどう書かれるかも確かめたい。
配当60円を支える財務と還元方針
財務基盤
| 指標 | 2025年3月末 | 2025年12月末 |
|---|---|---|
| 自己資本比率 | 44.2% | 43.5% |
| 有利子負債 | 2,861億円 | 3,262億円 |
| ROE | 13.8%(2025年3月期) | 3%弱(今期予想の純利益で計算) |
有利子負債は会社の決算説明資料の値。
自己資本比率は43〜44%で、化学メーカーとしては標準的な水準を保っている。有利子負債はプラントへの投資などで12月末までに約400億円増えた。ROE(株主のお金でどれだけ稼いだか)は、前期の13.8%から、純利益100億円なら3%弱に下がる。
配当の推移と株主還元の方針
| 決算期 | 1株配当 | 1株利益 | 配当性向 |
|---|---|---|---|
| 2022年3月期 | 34円 | 104.1円 | 32.6% |
| 2023年3月期 | 38円 | 138.9円 | 27.4% |
| 2024年3月期 | 50円 | 197.6円 | 25.3% |
| 2025年3月期 | 60円 | 181.4円 | 33.1% |
| 2026年3月期(予) | 60円 | 38.9円 | 約154% |
出典: ダイセル IR情報 株主還元、各期の決算短信
1株利益は約39円に落ちるが、配当は60円のままで、利益の1.5倍を配当に回す計算になる。4月20日の終値1,241円での配当利回りは4.83%だ。
配当を据え置けるのは、決め方による。ダイセルは2024年度から、DOE(株主資本配当率。株主の持ち分に対して毎年どれだけ配当を払うか)4%以上を目標にしている。配当の額は株主の持ち分の大きさで決まり、その年の利益には左右されにくい。減損で利益だけが落ちた年でも、配当は下がりにくい。2025年3月期のDOEは4.4%だった。2020年度からは、配当と自社株買いの合計を純利益の40%以上にする目標も掲げている。今期は純利益が100億円なので、配当だけでこの目標を上回る。
自社株買いの実績
2024年11月に上限1,200万株・150億円の自社株買いを決め、2025年2月20日までに1,099万株・約150億円を買った。2025年11月6日にも上限1,100万株・150億円の枠を決め、3月末までに1,009万株・約138億円を買って終えた。2回とも枠の9割以上を使っている。
PER31.9倍の中身と同業との比較
4月20日の株価水準
| 指標 | 値 |
|---|---|
| 株価 | 1,241円(2026年4月20日の終値) |
| PER(会社予想) | 31.9倍(1株利益38.89円で計算) |
| PBR(実績) | 0.84倍 |
| 配当利回り | 4.83% |
PER31.9倍は割高に見えるが、減損で今期の1株利益が約39円まで下がった結果だ。前期の1株利益181円で割ると6.8倍になる。ただ、この6.8倍を実力とは言いにくい。今期の営業利益は前期より3割少なく、4〜12月の純利益には株の売却益171億円も入っている。前期並みの利益に戻ると見るかどうかで、割安かどうかの判断が分かれる。
PBR0.84倍は、株価が1株あたりの純資産を下回る水準だ。東証が上場企業に、資本のコストや株価を意識した経営を求めている中で、自社株買いや増配の上積みが出てくるかを見ておきたい。
同業他社との比較
| 指標 | ダイセル(4202) | 東ソー(4042) | 三菱ケミカルG(4188) |
|---|---|---|---|
| 時価総額 | 3,310億円 | 7,909億円 | 1兆3,951億円 |
| PER(予想) | 31.9倍※ | 25.63倍 | 28.31倍 |
| PBR(実績) | 0.84倍 | 0.94倍 | 0.71倍 |
| 配当利回り | 4.83% | 4.11% | 3.31% |
| ROE | 13.8%(前期) | 7.2% | 2.4% |
※ダイセルのPERは、減損で1株利益が下がった今期の会社予想で計算している。東ソーと三菱ケミカルGは2026年4月時点の値で、ヤフーファイナンスの東ソーと三菱ケミカルGのページから取った。
化学株にはPBR1倍割れが多く、ダイセルの0.84倍が際立って低いわけではない。配当利回りは3社の中で最も高く、前期のROE13.8%も3社の中では高い。配当を目当てに持つなら利回りは十分だと個人的には見ているが、その前提は、来期の利益が前期の水準に戻っていくことだ。
リスク要因
投資する前に押さえておきたい主なリスク
COC樹脂の需要、アセテート・トウの販売、COプラントのトラブルは「減損が一度きりかの見極め」の節に書いた。ほかに次の3つがある。
- 米国の関税 — 日本から米国に輸出する自動車部品の関税は、2025年の日米合意で15%になった。ダイセルは今期の関税の負担を約22億円と見込み、うち約11億円を半年遅れで価格に転嫁する計画だ。日本以外の拠点で作ったインフレータの分が16.5億円を占め、合意のない国からの輸出には高い税率が残る。部品の買い手の自動車メーカーも、トヨタ自動車が今期の減益の影響を1.45兆円と見込むなど、関税で利益を削られている
- 為替 — 売上高の約3分の2が海外向けで、円高になると利益が目減りする。今期の予想は1ドル150円、1ユーロ175円が前提
- 中期戦略の未達 — 中期戦略「Accelerate 2025」(長期ビジョン「DAICEL VISION 4.0」の一段階)は、最終年度の今期に売上高6,600億円・営業利益820億円を目標にしていた。予想は5,760億円・410億円にとどまり、次の中期計画で目標がどう置き直されるかを確かめたい
まとめと今後の注目点
総合評価
純利益が8割減る主な理由は、ドイツのCOC樹脂プラントの減損だ。ただ営業利益も3割減っており、アセテート・トウの販売減とCOプラントのトラブルは前の期から続いている。配当はDOEの方針で据え置かれ、利回りは4.8%台、PBRは0.84倍になった。減損を除いた利益がどこまで戻るかが、この水準を割安と見るかどうかの分かれ目になる。
- 2027年3月期の営業利益の予想 — 5月の本決算で示される。前期の610億円にどこまで近づくかを見る
- マテリアル事業の営業利益 — アセテート・トウの販売数量が戻り、COプラントが止まらずに動いているかを確かめる
- COC樹脂の新プラントの計画 — 2028年3月期中の稼働が守られるかと、次の中期経営計画での位置づけを確かめる
※本記事は公開情報に基づく情報整理であり、個人の見解を含みます。特定の銘柄の売買や投資を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任においてお願いいたします。