- 人工知能学会で公開された論文は、アメリカで11業種がその日どう動いたかを見て、翌日に日本で上がりやすい業種を買い、下がりやすい業種を売る戦略を示した。日本の取引が始まる前にアメリカの取引が終わる時差を使う
- 日米の業種に共通する3つの値動きのパターンを、直近60日のデータと「お手本」を1対9で混ぜて安定させたことで、過去の成績は年率23.8%になった。混ぜないやり方は6.2%にとどまった
- 成績は取引コストを引く前の数字で、使うETFは売買が少なく、設定も1組しか示されていない。実際に売買して同じ成績が残るとは考えにくい
目次
「昨夜のニューヨーク市場が大きく上がったから、今日の東京市場も上がりそうだ」。株を持っていれば、朝にこう考えることは多い。この直感を業種ごとの計算にして、毎日の売買のルールにまで落とし込んだ論文が、2026年3月18日に人工知能学会の金融情報学研究会の資料として公開された。中川慧氏ら4人の「部分空間正則化付き主成分分析を用いた日米業種リードラグ投資戦略」(J-STAGE掲載ページ)だ。
過去のデータでは年率23.8%の成績を出している。仕組みはシンプルで、前の晩にアメリカで業種ごとの株価がどう動いたかを3つの数字にまとめ、日本の業種に当てはめる。ただ、その成績は取引コストを引く前の数字で、使うETFは売買が少ない。
1. この論文が検証したこと
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 論文タイトル | 部分空間正則化付き主成分分析を用いた日米業種リードラグ投資戦略 |
| 著者 | 中川 慧(大阪公立大学、松尾研究所)、竹本 悠城(独立研究者)、久保 健治(東京大学、松尾研究所)、加藤 真大(みずほ第一フィナンシャルテクノロジー、大阪公立大学) |
| 掲載 | 人工知能学会第二種研究会資料 金融情報学研究会 SIG-FIN-036(2026年3月18日公開) |
| データの期間 | 2010年1月〜2025年12月。最初の5年はお手本づくりに使い、成績を測ったのは2015年ごろから |
| 使ったデータ | 米国の業種ETF 11本(Select Sector SPDR)と東証17業種ETF 17本(NEXT FUNDS TOPIX-17)の日々の始値と終値 |
論文は、アメリカで11業種がその日どう動いたかから日本の17業種のうち翌日に上がりやすいものを予想し、予想どおりに買いと売りを組めば利益が出たかを確かめた。予想の作り方に、主成分分析という統計の方法を工夫して使っている。
2. アメリカの値動きが翌日の日本に伝わる理由(時差のしくみ)
東京証券取引所の取引時間は、日本時間の午前9時から午後3時30分まで(昼休みあり)。ニューヨーク証券取引所は夏時間なら午後10時30分から翌朝5時までなので、日本が閉まった後にアメリカが開き、アメリカが閉まった後に翌日の日本が開く。
アメリカで日中に出た決算や経済指標は、その日のうちにアメリカの株価に入る。日本はもう閉まっているため、日本の株価には翌朝の寄り付きから後に入る。先に動く市場と後から追う市場のこの関係が、金融の研究でいうリードラグ効果(先行と追随の関係)である。
論文は、市場全体の上げ下げだけでなく、どの業種が強く、どの業種が弱かったかという情報も翌日の日本に伝わると考えた。たとえば、アメリカで金融株が大きく上がった日は、翌日の日本でも銀行株が上がりやすい、といった関係だ。ただ、アメリカの業種は11、日本は17で、一対一には対応しない。そこで、日米の28業種に共通する値動きのパターンを統計で取り出し、そのパターンを通して日本の予想を作る。
3. 主成分分析 — 28業種の値動きを3つのパターンにまとめる方法
主成分分析(PCA)は、たくさんの数字の動きを、少数のパターンの組み合わせとして表す方法だ。中学校の5教科のテストで考えると分かりやすい。クラス全員の点数を並べると、全部できる生徒、文系だけ強い生徒、理系だけ強い生徒がいる。主成分分析は、5教科の点数から「総合力」「文系か理系か」のような隠れたパターンを計算で取り出す。
論文は、日米28業種の毎日の値動きから3つのパターンを取り出した。
- 世界全体の動き:世界中の株が一斉に上がる、または下がる動き
- 国の差:アメリカが強く日本が弱い、またはその逆の動き
- 景気敏感とディフェンシブの差:景気で業績が大きく変わる業種と、景気に左右されにくい業種の強弱
3つ目の分け方は、論文に業種ごとに書いてある。景気敏感の側はアメリカの素材・エネルギー・金融・不動産と、日本のエネルギー資源・電機・精密・商社・卸売・銀行だ。ディフェンシブの側は、アメリカの情報技術・生活必需品・公益・ヘルスケアと、日本の食品・医薬品・電力・ガス・小売になる。アメリカの情報技術をディフェンシブの側に、日本の電機・精密を景気敏感の側に置いていて、似た業種でも日米で逆になっている。ほかの業種は、どちらの側にも入れていない。
この3つのパターンで「昨夜のアメリカで何が起きたか」を3つの数字に要約すれば、日本のどの業種が上がりやすいかを計算できる。これが論文の考え方だ。
4. 部分空間正則化 — 相関の表をお手本に9割寄せる工夫
直近60日だけで計算したときのぶれ
相場の性格は変わるので、論文は直近60営業日(約3か月)のデータで、毎日パターンを計算し直す。ところが60日分では偶然の値動きの影響が大きく、日によって取り出すパターンがぶれる。主成分分析を株価に使うときの弱点だ。
お手本に寄せる「正則化」
そこで論文は、データから計算した表を、前もって作った「お手本」の表に寄せてからパターンを取り出す。この寄せる処理を正則化と呼ぶ。
- 第3節の3つのパターンだけでできた、お手本の相関の表を作る。3つのパターンそれぞれの強さは、2010〜2014年の5年分のデータで決める
- 毎日、直近60営業日のデータで、28業種どうしの相関の表を作る
- 2つの表をお手本9割・データ1割で混ぜ、混ぜた表から主成分分析で上位3つのパターンを取り出す
相関の表は、どの2つの業種が同じ向きに動きやすいかを28×28のマス目に並べたもの(相関行列)だ。論文は、パターンを取り出す前のこの表の段階で、お手本と混ぜている。お手本の割合を大きくするほどパターンは日々ぶれにくくなり、データの割合を大きくするほど足元の相場の変化を拾いやすくなる。論文はお手本の重みを0.9とした。
混ぜてパターンを取り出し、日本の予想に変える部分を Python で書くと、次の十数行になる。
import numpy as np
LAM, K = 0.9, 3 # お手本の重み(λ)と、取り出すパターンの数(K)
def top_patterns(C_t, C_0, lam=LAM, k=K):
"""直近60営業日の相関の表 C_t をお手本 C_0 に寄せてから、上位 k 本のパターンを取り出す"""
C_reg = (1 - lam) * C_t + lam * C_0 # 式(13)
vals, vecs = np.linalg.eigh(C_reg) # 式(14)(固有値は小さい順に返る)
return vecs[:, np.argsort(vals)[::-1][:k]] # 上位 k 本(28業種 × 3本)
def signal(V, z_us, n_us=11):
"""米国11業種の今日の動き z_us から、日本17業種の翌日の予想をつくる"""
V_us, V_jp = V[:n_us], V[n_us:] # 式(16)
f = V_us.T @ z_us # 式(18) 3つの数字に要約
return V_jp @ f # 式(19) 日本側に戻す
「部分空間」と呼ぶ理由
お手本に寄せるやり方には、取り出したパターンを1本ずつお手本の向きに近づける方法もある。論文の方法は、3本のパターンがつくる空間をまとめてお手本の空間に近づけるので、部分空間正則化と呼ぶ。3本のパターンが互いに重ならない性質を保ったまま安定させられる、と論文は説明している。
5. 売買の組み立て方 — 朝の寄り付きで建て、大引けで手じまう毎日の売買
予想を作ってから売買するまでの流れは、毎日次のとおりだ。
- アメリカの取引が終わった後(日本時間の早朝)、米国11業種のETF(証券取引所で売買できる投資信託)のその日の値動きを調べる。直近60日の平均とばらつきを使い、「ふだんの何倍動いたか」に直す
- 第4節で取り出した3つのパターンを使い、11業種の動きを3つの数字に要約する
- 3つの数字を、日本の17業種がそれぞれのパターンにどれだけ反応するかの重みで日本側に戻し、17業種の翌日の予想を作る
- 予想の上位30%(17業種のうち約5業種)を買い、下位30%(約5業種)を売る。金額は均等にし、日本の寄り付きで建てて、その日の大引けで手じまう
買いと売りを同じ金額で組む(ロングショート)ので、市場全体が上がっても下がっても損益はほぼ打ち消し合い、残るのは買った業種と売った業種の差になる。1日で建てて閉じるので、毎日10本前後のETFを売り買いする。
6. 検証結果 — 年率23.8%、正則化なしの約4倍のリターン
論文は、提案の方法(PCA_SUB)をほかの3つのやり方と、2015年ごろから2025年末までのデータで比べた。
| やり方 | 年率リターン | 年率リスク | R/R | 最大ドローダウン |
|---|---|---|---|---|
| MOM(モメンタム) | 5.63% | 10.59% | 0.53 | 16.97% |
| PCA_PLAIN(正則化なし) | 6.24% | 9.94% | 0.62 | 23.65% |
| PCA_SUB(提案の方法) | 23.79% | 10.70% | 2.22 | 9.58% |
| DOUBLE(ダブルソート) | 18.86% | 11.16% | 1.69 | 12.10% |
- 年率リターン:1年あたりの平均の増え方。PCA_SUBの23.79%は、平均すると1年に資産が約24%増えるペースにあたる
- 年率リスク:毎日の損益のばらつきを1年に直した値。4つともほぼ10〜11%で並んだ
- R/R:年率リターンを年率リスクで割った値で、シャープレシオ(リスク1単位でどれだけ稼いだか)に近い。PCA_SUBは2.22
- 最大ドローダウン:資産が途中の最高値から最も大きく減った割合。PCA_SUBの9.58%は4つの中で最も小さい
正則化したシグナルを使う2つのやり方の高い成績
リスクはどれもほぼ同じなのに、リターンには大きな差がついた。過去60日に強かった業種を買うモメンタムと、正則化なしの主成分分析は年5〜6%にとどまり、正則化した主成分分析は23.79%だった。2位のダブルソート(18.86%)も、モメンタムと正則化した主成分分析の2つの予想を組み合わせたやり方で、正則化した予想を使う2つが上位に並ぶ。
論文は、60日のデータだけで計算するとパターンの推定がぶれて予想が外れやすくなり、お手本に寄せることでそのぶれを抑えたと説明している。正則化しない主成分分析が年6%台にとどまったことは、日米に共通するパターンがあるだけでは足りず、それを毎日安定して取り出せるかどうかが成績を分けた、と論文は見ている。
よく知られた稼ぎ方では説明できない上乗せ
このリターンが、割安な株(バリュー)や値上がりの勢い(モメンタム)といった、よく知られた稼ぎ方の言い換えにすぎないなら、新しさはない。論文はこれを、Fama-French の3ファクターモデルと Carhart の4ファクターモデルという定番の方法で確かめた。市場全体・会社の規模・割安さ・勢いで説明できる分を差し引き、残った上乗せ(アルファ)を測る。
PCA_SUBのアルファは、年22.17%(3ファクター)と22.23%(4ファクター)だった。偶然かどうかを表すt値は6.69と6.73で、目安の2を大きく超えている。PCA_SUBの損益が日々上下する動きは、4つの要因で0.6%(調整済み決定係数)しか説明できない。モメンタムのやり方は勢いの要因でかなり説明でき(同8.0%)、こちらはよく知られた稼ぎ方に近い。
PCA_SUBの勢いの要因への係数は-0.047でマイナスだった(10%水準)。論文は、勢いに乗るのとは別に、アメリカの情報が遅れて伝わるぶんの値動きから稼いでいる可能性を示すと書いている。係数は小さく、有意さも10%水準なので、論文も「可能性」にとどめている。
7. 結果を読むときの注意点
論文の成績には、次の制約がある。
- 過去のデータでの検証(バックテスト):過去に勝てたやり方が、これからも同じ成績を出すとは限らない
- 取引コストを含めていない:論文の成績は、売買の手数料や買値と売値の差(スプレッド)を引く前の数字で、論文はコストに触れていない。毎日10本前後のETFを寄り付きで売買し、大引けで手じまうので、コストは毎日かかる
- 売買の少ないETF:2025年12月〜2026年2月の1日の売買代金(中央値)を手元のデータで計算すると、東証17業種ETFの17本のうち14本が5,000万円に届かなかった。最も少ない運輸・物流(1628)は約560万円で、毎朝の寄り付きで注文を出すと、自分の注文で値段が動きやすい
- 空売りの制約:売る側はETFを借りて売る必要があり、貸株料がかかる。17本とも制度信用で売れる貸借銘柄だが、2026年1〜3月に日証金で借りて売られていた残高は多い日でも数百口で、品不足で逆日歩(追加の貸株料)がついた日もあった(電機・精密は51営業日のうち13日)
- 設定は1組だけ:論文が示したのは、60営業日・お手本9割・パターン3本・上位下位30%という1組の結果で、ほかの設定でも同じように勝てるかは載っていない
個人的には、売買の量の少なさがいちばん気になる。1日の売買代金が数百万〜数千万円のETFで、毎朝10本前後を同時に売り買いすれば、注文を出した時点の値段では約定しにくい。年率23.8%のうち、コストと値段のずれを引いてどれだけ残るかは、論文の数字からは分からない。
設定の選び方も、成績を大きく左右する。移動平均線の長さを35通り試した米国テック株の検証でも、組み合わせによって成績は大きく変わった。60日やお手本9割を少し変えたときに成績がどれだけ動くかは、論文の続きの研究で確かめたい点だ。
もう一つは、公開された後の効き方だ。ルールは論文にすべて書いてあり、使うのは誰でも売買できるETFなので、同じ売買をする人が増えれば、翌朝の寄り付きで先回りされやすい。米国で株価の予測に使える97の指標を調べた研究(McLean and Pontiff, 2016)では、論文の公開後に平均のリターンが58%小さくなっていた。
8. まとめ
論文から分かったこと
- アメリカで11業種がどう動いたかから、翌日に日本で強い業種と弱い業種を予想する、という発想を、ETFで売買できる形のルールにした
- 成否を分けたのは、日米に共通するパターンの推定を安定させる工夫(お手本に寄せる正則化)で、正則化しない同じ方法は年6%台にとどまった
- 成績は取引コストを引く前の数字で、売買の少ないETFでの毎日の売買、空売り、設定の選び方、公開後の効き方を考えると、そのまま手元に残る数字ではない
この論文は、「アメリカが上がったから日本も上がるだろう」という朝の直感を、業種ごとの売買のルールにまで落とし込んで数字で示した。次に確かめたいのは、論文が公開された後も、同じ予想が当たり続けるかどうかだ。公開日の前と後で成績を比べれば、時差の値動きの癖が残っているかが分かる。
※本記事は公開情報に基づく情報整理であり、個人の見解を含みます。特定の銘柄の売買や投資を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任においてお願いいたします。