有事のたびに耳にする「戦争は買い」という相場の格言は、今回も通用するのか。2026年2月28日に米国とイスラエルがイランへの大規模な攻撃を始め、最高指導者のハメネイ師が死亡した。原油は前週末比で一時12%高、金は1オンス5,400ドル台と1月末の最高値に迫り、日経平均は3月2日の朝方に一時1,500円安まで下げた。この先は、早期収束、代理勢力による限定的な消耗戦、ホルムズ海峡の封鎖が長引く全面衝突の3つの筋書きが考えられ、いちばん起こりやすいのは消耗戦だ。「戦争は買い」は、原油をほぼ全量輸入する日本株には条件付きでしか当てはまらない。エネルギー、防衛、海運には追い風、航空、銀行、自動車には逆風と、初日から明暗がはっきり分かれた。
目次
2月28日の攻撃から3月2日までに起きたこと
米国とイスラエルは2026年2月28日(日本時間の同日午後)、イランへの攻撃を始めた。作戦名は米国が「Epic Fury」、イスラエルが「Roaring Lion」。規模は、イスラエル軍の発表で初日に1,200発超の爆弾、米軍の発表で最初の24時間に1,000超の地点で、イラン赤新月社によると攻撃は31州のうち24州に及び、死者は200人を超えている。標的は国防省、情報省、原子力庁の本部といった軍と政府の施設、核関連の施設、ミサイルの製造と発射の拠点だ。
3月1日にはイランの国営メディアが最高指導者アリ・ハメネイ師の死亡を認め、国営通信は革命防衛隊の総司令官、軍の参謀総長、国防相、国防評議会の書記の死亡も伝えている。トランプ大統領の狙いは体制の転換で、攻撃の初日に「作戦が終わったら政府を掌握せよ」とイラン国民に呼びかけ、作戦の期間は1日の時点で「4週間か、それより短い」と述べた。
イランの報復は、イスラエルと、バーレーン、カタール、UAEにある米軍の施設へのミサイルとドローンの攻撃で、サウジアラビアの首都リヤドにも着弾している。3月1日の未明にはドバイ国際空港が被害を受けて発着が止まり、約2万人が足止めされた。ホルムズ海峡では2月28日から船会社が通航を自分から止めていて、革命防衛隊は3月1日にタンカーを攻撃したと主張し、3月2日に海峡の閉鎖を正式に宣言した。米軍の損害は3月1日の発表で兵士3人の戦死と5人の重傷だ。
中国とロシアは軍事行動の即時停止を求め、両国の要請で国連安全保障理事会は2月28日に緊急会合を開いた。日本では高市首相が邦人の退避と情報収集を指示し、日本航空は羽田とドーハを結ぶ便を欠航した。後継の最高指導者には、ハメネイ師の息子のモジタバ師(56歳)が有力候補として報じられている。
市場の最初の反応は原油高と株安、最高値に迫った金
攻撃が始まった週末が明けると、主な資産の値段は次のように動いた。
| 資産 | 動き(3月1日〜2日) | 主な理由 |
|---|---|---|
| WTI原油先物 | 一時75ドル(前週末比12%高) | ホルムズ海峡の封鎖で中東の供給が止まる懸念 |
| ブレント原油先物 | 一時80ドル前後(10%前後高) | 同上 |
| 金(スポット) | 一時5,400ドル台(2〜3%高) | 安全資産への逃避。1月29日に付けた最高値(5,500ドル台)に迫った |
| S&P500先物 | 1%超安(3月1日夜の取引) | リスク回避の売り。防衛株とエネルギー株は上昇 |
| 日経平均 | 一時1,500円超安、終値793円安(-1.35%) | 原油高の懸念に加えて、英住宅ローン会社の破綻で銀行株が売られた |
| ドル円 | 156円台から157円近辺へ円安 | 有事の円買いより、輸入代金の増加を見込んだ円売りが勝った |
出典: Bloomberg「日本株は反落へ、米イラン攻撃で原油高懸念-英ノンバンク破綻も重し」(2026年3月1日)
市場が最も警戒するのはホルムズ海峡の封鎖
ホルムズ海峡は、世界の石油消費の約2割、海上で運ばれる原油の4分の1超が通る細い通り道だ。ここが止まると、中東の産油国の多くが原油を積み出せなくなる。2月28日からタンカーの通航は事実上止まっていて、封鎖が続けば原油は100ドルを超えるという見方が出ている。
1.35%で止まった日経平均の下げ、買われた原油と防衛、売られた航空と銀行
3月2日の日経平均は5営業日ぶりに反落した。朝方に下げ幅は1,500円を超えたが、売りが一巡すると下がったところを買う動きが入り、終値は793円03銭安の5万8,057円24銭(-1.35%)まで戻した。TOPIXは1.02%安で、取引時間中の安値は2.89%安。東証プライムでは4分の3の銘柄が下げ、売買代金は8.6兆円と多かった。
業種ごとの差ははっきり出た。手元のデータベースで終値を確かめると、原油高が利益になるINPEXは6.1%高(取引時間中は一時10%超高)、石油資源開発は11.9%高。防衛関連の三菱重工業は3.6%高、IHIは3.0%高で、運賃の上昇を見込んだ日本郵船と商船三井も4.3%高だった。資源を扱う三井物産も2.9%上げた。トヨタ自動車は豊田自動織機へのTOB価格の引き上げという別の材料で3.1%高になり、その後の値動きはトヨタ自動車(7203)の記事で追っている。
下げたのは航空と銀行だ。日本航空は5.9%安、ANAホールディングスは5.3%安。中東の空域が閉まって日本航空は羽田とドーハを結ぶ便を欠航し、欧州便も迂回で燃料が増える。ANAは中東に路線を持たないが、燃料費の増加と旅行需要の冷え込みを見込んで同じように売られた。三菱UFJフィナンシャル・グループは5.0%安、三井住友フィナンシャルグループは4.5%安で、第一生命ホールディングスと東京海上ホールディングスも2〜3%下げた。
銀行の下げは、中東の情勢よりも欧州の金融不安の波及だ。英国の住宅ローン会社マーケット・フィナンシャル・ソリューションズが2月25日に経営破綻を申請し、同じ担保を複数の貸し手に差し入れていた疑いが報じられた。貸し手にはバークレイズ、三井住友銀行、ジェフリーズが含まれ、前週末の米国で金融株が売られた流れが東京に及んだ。Bloombergは3月1日の時点で、原油高の懸念と並べて「英ノンバンク破綻も重し」と伝えている。
原油と円の2つの経路で広がる日本経済への影響
原油はほぼ全量が輸入で、9割超が中東産
日本は原油のほぼ全量を輸入し、その9割超が中東産だ。上位はUAE、サウジアラビア、クウェートで、いずれもホルムズ海峡の内側にある。産地を分けても海峡が閉まれば同時に止まるので、この危機では調達先の分散は守りにならない。原油高は次の経路で広がりやすい。
- 製造業のコスト増: 化学、プラスチック、素材の原料が上がる
- 輸送コスト増: 航空と海運の燃料費が運賃に転嫁される
- ガソリンと灯油の値上がりが個人消費を圧迫する
- 電気・ガス料金は燃料の値段に連動する契約が多く、数か月遅れて上がる
液化天然ガス(LNG)は事情が違う。日本のLNGの輸入は豪州が約4割、マレーシアが15%、米国が1割で、中東は1割ほどにとどまる。ただしカタールは3月2日にLNGの生産停止を発表し、欧州のガス価格は急騰した。日本の調達への直撃は原油より小さいが、世界のガス価格が上がれば日本の買い値にも響く。
「有事の円買い」より「輸入代金の増加」で円安に動いた円
有事には安全資産として円が買われる、と言われてきた。今回は原油高でエネルギーの輸入代金が膨らみ、経常収支(国全体のお金の出入り)の悪化を見込んだ円売りのほうが勝って、ドル円は2月27日の156円台から3月2日には157円近辺まで円安に動いた。日本経済新聞は3月2日の朝、市場関係者の見方として円安が加速する可能性を伝えている。円安は輸出企業の利益を押し上げる一方で、輸入する燃料の円建ての値段をさらに上げる。
今後の3つのシナリオ
ここから先は、現時点の事実に加えて個人的な予測を多く含む。この先どこへ向かうかは軍事と外交の展開しだいで、日本経済新聞をはじめ複数の報道が「降伏・交渉・長期化」の3つに分けている。自分も3つに分けて、起こりやすさを付けた。
シナリオ①: 早期収束。交渉に応じるイランの新体制
ハメネイ師の死亡と革命防衛隊への打撃を受けて、イラン国内の穏健派や新体制が核開発の放棄と停戦を受け入れる筋書きだ。米国は体制の転換を目標に掲げていて、内部の崩壊が早まれば数週間から数か月で停戦もありうる。
この場合、供給不安が消えて原油は急落し、株は急反発する。湾岸戦争でもイラク戦争でも、不確実性の高まりから開戦、解決という流れの中で、株価は開戦とともに反発した。
起こりやすさ: 低〜中。イランは1979年の革命から40年以上体制を保ち、最高指導者が死亡しても「専門家会議」が後継を選ぶ仕組みがある。後継候補のモジタバ師は父より強硬とされる。体制が崩れるより、体制が残って交渉を拒む可能性のほうが高く、あくまで楽観の筋書きだ。
シナリオ②: 限定的な消耗戦。続く代理勢力の攻撃
いちばん起こりやすい筋書きだ。イランの正規軍が大きな打撃を受けても、戦いはそこで終わらない。ヒズボラ(レバノン)、フーシ派(イエメン)、ハマス(ガザ)、イラクの民兵組織といった、イランが背後で支える武装組織が攻撃を引き継ぐからで、ゲリラ戦やミサイル攻撃が散発的に続く長い戦いになる。
この場合、中東の不安定な状態は数か月から数年続き、原油は70〜90ドル台で高止まりだ。有事を織り込んだ上乗せ分が価格に残るうえ、米軍の費用が膨らんで米国の財政が悪化し、米国債が売られやすくなるという別のリスクもある。封鎖が長引いて原油が100ドルを超えるなら、この筋書きの中でも悪いほうだ。
起こりやすさ: 高。イランは2025年以前から激しい国内の抗議と経済制裁の中で体制を保ってきた。正規軍が打撃を受けた後に代理勢力を通じた長いゲリラ戦へ移る例は過去に多く、あくまで個人の予想だが、現時点でいちばん起こりやすいと見ている。
シナリオ③: 全面衝突。長引くホルムズ海峡の封鎖と地域の戦争への拡大
いちばん深刻な筋書きだ。イランがホルムズ海峡の封鎖を続け、中東各国の石油設備への攻撃を広げ、中国とロシアが経済の支援や武器の供与を強める、事実上の陣営の対立だ。湾岸諸国の石油設備が攻撃されれば、世界で供給される石油の2割前後が突然止まりかねない。
あくまで個人の予想だが、この場合の原油は120ドル超、最悪なら150ドル超だ。物価高と景気後退が同時に起きるスタグフレーションが現実になり、原油のほぼ全量を輸入する日本は1970年代の石油危機以来の打撃を受けうる。
起こりやすさ: 低〜中。ホルムズ海峡の封鎖はイラン自身の原油輸出の収入も断つので、意図して長く続けるのは自国の経済への打撃になる。イランもあえて選びにくい手だ。ただし、報復の応酬が過熱する中で誤爆や衝突事故が重なり、意図せずこの筋書きに滑り込む展開は排除できない。
「戦争は買い」は原油を輸入する日本には条件付き
「銃声が鳴ったら買え」という相場の格言は、開戦の前後に起きる急落を買い場と見る考え方で、投資家の間では「戦争は買い」と言い換えられる。過去の主な軍事衝突で米国株がどう動いたかを並べる。
| 紛争 | 開戦前後の動き | その後 |
|---|---|---|
| 湾岸戦争(1990〜91年) | 1990年8月のクウェート侵攻後、NYダウは10月の安値まで約500ドル(17%)下落 | 1991年1月の開戦翌日から反発。S&P500は安値から終戦までに24%上昇 |
| イラク戦争(2003年) | 開戦前の警戒でS&P500は1月中旬の高値から3月12日まで約14%下落(年初来では9%) | 開戦と同時に反発し、その後は長い上昇へ |
| ロシアのウクライナ侵攻(2022年) | 2月24日に日経平均は478円安(一時670円安)、S&P500は当日中に切り返した | 日経平均は翌25日に505円高で下げを全部戻した。年央の本格的な下げは米国の利上げが主因 |
| 米同時多発テロ(2001年) | 取引再開の初日にNYダウは7.1%安 | 1か月で下げ幅の8割超を戻し、水準を回復したのは11月。その後の不況は別の要因が主因 |
出典: マネックス証券「1990年湾岸戦争時の米国市場を振り返る」
共通するのは、不確実性がいちばん大きい開戦の直前から直後に株価が最も下がり、先が見えてくるにつれて戻る流れだ。格言はこの流れを指している。
今回のイラン有事が過去と違う3つの点
- 原油への依存が日米で正反対: 米国はシェールオイルの増産でエネルギーをほぼ自給し、原油高は産油州の利益になる。日本は原油をほぼ全量輸入し、原油高はそのままコスト増になる。米国株で通用する「戦争は買い」が、日本株にはそのまま当てはまらない
- 核施設への攻撃: 通常の地域紛争と違い、核関連の施設が標的になっている。核物質の拡散や放射能汚染のリスクが、市場に新しい不確実性を持ち込む
- 長期化しやすい相手: 湾岸戦争もイラク戦争も主な戦闘は短期間で終わった。イランは人口約9,000万人、面積164万平方キロメートルの大国で、代理勢力を使った持久戦に移れば、アフガニスタンやベトナムのように長引くおそれがある
「戦争は買い」は「戦争があれば株式市場全体が上がる」という意味ではない。開戦後に不確実性が薄れれば株価全体の下支えになりやすく、その間も追い風を受ける業種と打撃を受ける業種がはっきり分かれる、という経験則だ。今回の東京市場は初日からその形で、エネルギー、防衛、海運が買われ、航空、銀行、自動車部品が売られた。
限定的と見る日本経済への影響と、確かめる4つの点
個人的には、今回のイラン有事が日本経済に与える影響は限定的だと見ている。根拠は3月2日の東京市場の反応で、朝方のパニックの売りが一巡すると午後には買いが優勢になり、下げ幅は朝の半分に縮んだ。ロシアが2022年にウクライナへ侵攻したときも、開戦直後の急落を数日で戻している。
ただし、この見立ては封鎖が数週間で解ける前提に立っている。日本の原油はほぼ全部がホルムズ海峡の内側から来るので、封鎖が長引けば前提ごと崩れる。
むしろ自分が気にしているのは、原油高で物価がまた上がり、日銀の利上げの判断が揺れるという間接の影響だ。WTIが75ドル前後なら2024年7〜9月と同じ水準で、100ドルを大きく超えない限り、日本経済の土台を揺るがすほどではないだろう。市場の反応を見る限り、投資家の多くも「短期のショックで、経済全体を壊す危機ではない」と判断しているのだと思う。この見方はシナリオ②を前提にしていて、シナリオ③に転じればまったく違う展開になる。
次に確かめるのは4つ。
- ホルムズ海峡の通航: タンカーが再び通れるかで原油価格はほぼ決まる。船舶追跡サービス(MarineTrafficなど)で海峡を通る船の数を見る
- イランの後継体制: 専門家会議がモジタバ師を選ぶか、新しい指導者が停戦交渉に応じる姿勢を見せるか
- 米国の作戦の期間: トランプ大統領の「4週間かそれより短い」が維持されるか。米議会と世論の反応
- 中国とロシアの動き: 停戦要求にとどまるか、武器の供与や経済支援に踏み込むか
長い目で見れば、戦争を口実に持ち株をすべて売る判断は、過去の事例では損になることが多かった。ただ、封鎖が長引く筋書きでは燃料が高いままになり、物の調達の経路が大きく変わるという、後戻りしにくい変化も起こりうる。自分は海峡の通航が戻るかを見てから動くつもりだ。
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